阿部流方丈記

紫電改の如く ── 現場に揉まれ、磨き続ける道具を目指す

阿部 勇人

阿部流方丈記 ── 紫電改の如く。侍が道具を修める水墨画。「不良セクタある媒体の証拠保全にて、ハッシュ値の議論に固執して何とする」

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
ITの理(ことわり)もまた然り。

かつてある先輩が宣(のたま)わく、

「不良セクタある媒体の証拠保全にて、ハッシュ値の議論に固執して何とする」

その言葉、今もなお、耳の底に深く響きて止まず。

この御仁、SNSの友にして、私と同じく工業高校の徒(ともがら)なり。
「まずは手を動かし、作りながら考え抜く」
その泥臭き、されど尊き工業高校生の気質を、私はこよなく愛す。


今、データ復旧の知見を以て「消去レジューム(再開)機能」を編み出さんとす。

復旧も消去も、深夜休日に解析を任せ、暁に出勤して見れば……

あな悲しや、Windows Updateの再起動にて作業は潰(つい)え、膝より崩れ落ちることしばしば。

工場を歩む者ならば、誰もが一度は通る「絶望の淵」なり。

工場の目線に立てば、レジューム機能は不可欠の術。
されど、前述の先輩が説きし如く、中断と再開を挟めば「整合性の保証」とは背中合わせとなる。

利便と信頼、この相反する理を如何に調和させるか。これぞ、技術者の腕の見せ所なり。


わが周りの工業高校卒の面々は、理屈をこねる前にまず、手を汚す。
作りながら考え、改良に改良を重ねてゆく。
その生き様に、深い親しみと敬愛を禁じ得ず。


とあるパソコン周辺機器メーカーの創業者もまた、工業高校の誉れなり。
かつて膳を囲みし折、こう熱く語られた。

「紫電よりも、改良を重ね抜いた『紫電改』にこそ憧れる」

「最初からの完成」に甘んぜず、現場の嵐に揉まれ、磨き上げられてゆく。
かの名機「紫電改」の如き道具を目指し、今日もまた、独り開発の道を歩む。